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津久井城

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★★★城のデータ★★★ [所在地] 神奈川県相模原市緑区根小屋 [築城年] 鎌倉時代? [築城者] 筑井為行? [遺 構] 空堀、土塁、石垣など [別 称] 筑井城、筑井古城 [形 状] 山城 津久井城は鎌倉時代、三浦氏の一族の筑井為行によって築城されたとされます。戦国時代には津久井衆と呼ばれる北条氏の家臣団が本拠としており、内藤氏が城主でした。1569年武田信玄が小田原城に攻め込み、撤退した際、津久井城から近い三増峠で両軍の激戦が繰り広げられましたが、内藤氏は戦闘に参加していません。1590年豊臣秀吉による小田原平定に伴い津久井城は落城しました。 城は標高約375mの城山に築かれ、東西2つの峰によって構成されています。西峰は本城曲輪、家老屋敷、太鼓曲輪が、東峰は飯縄曲輪、鷹射場があり、至る所に小曲輪が配置されています。曲輪間に堀切、山腹に竪堀などが築かれ防御を強化しています。また、山麓には平時の生活拠点だった御屋敷跡・馬場があります。 山麓根小屋の御屋敷跡 馬場跡 車坂(大手道) 家老屋敷 家老屋敷の石垣 太鼓曲輪 本城曲輪前の堀切 本城曲輪 本城曲輪の筑井古城記碑と土塁 飯縄曲輪と飯縄神社 宝ヶ池 飯縄曲輪東側の堀切 鷹射場 城山

福山城

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★ ★★ 城のデータ ★★★ [所在地] 広島県福山市丸の内 [築城年] 1619年 [築城者] 水野勝成 [遺 構] 伏見櫓、筋鉄御門 [別 称] 久松城、葦陽(いよう)城 [形 状] 平山城 1619年、徳川家康の従兄弟である水野勝成が西国の外様大名を牽制するために、備後10万石を与えられて築かれました。五重天守の他、7基の三重櫓と多数の櫓、二重の堀に囲まれた城郭でした。天守は惜しくも戦災で焼失しましたが、1966年に鉄筋コンクリートで月見櫓、御湯殿とともに復興されています。伏見櫓と筋鉄御門は現存遺構です。JR福山駅から白亜のお城が見えることでとても有名です。 令和の大普請(2020~2022年)により、天守北側の鉄板張りや最上階の窓形状、狭間などが往時の姿に復元されました。特に北側の鉄板張り(守りの弱い北側からの砲撃を意識したためと言われます)は福山城独特で、見る方角により天守の姿が違うのは特異な意匠です。 令和の大普請によりリニューアルされた天守 鉄板張りに改修された天守北側 天守東側 ※以下、2020年1月17日登城時の写真です。 復興 天守 南面   福山駅から月見櫓、復興天守を望む 伏見櫓 筋鉄御門 伏見櫓(左)と筋鉄御門(右) 御湯殿 鐘櫓 復興天守 東面 水野勝成像 月見櫓 鏡櫓 福山駅から福山城を望む