飯野陣屋
[所在地] 千葉県富津市下飯野 [築城年] 1648年 [築城者] 保科正貞 [遺 構] 土塁、堀など [別 称] なし [形 状] 陣屋 諸国流浪していた 保科正貞が 1629年に幕臣となり、上総飯野を与えられ、その後加増を受け1648年に1万7000石の大名として立藩し、飯野陣屋を築城します。歴代の藩主は大阪在勤が多く、所領も関西に多くあったため飯野陣屋には代官を置いていたようです。 全体規模は東西約350m、南北280mもあり、本丸・二の丸・三の丸がある内邸(うちやしき)と西側の外邸(そとやしき)に分かれていました。 内邸は幅5〜6mの外堀と高さ約2mの土塁に囲まれ本丸東側に大手門がありました。大手口は折れを複雑に設けた枡形でした。 現在も四周に巡る外堀と土塁が完存しており、 越前・敦賀陣屋、長州・徳山陣屋と並ぶ日本最大陣屋の一つと称された陣屋を実感させてくれます。本丸には現在飯野神社が鎮座しており、三の丸内には物見台的な役割を果たした三条塚古墳があります。 本丸東側の堀 三の丸北側の堀 二の丸東側の堀 二の丸跡(奥の林は稲荷塚古墳) 大手口跡と飯野陣屋濠跡碑 飯野神社 飯野陣屋濠跡説明板 三の丸南側の堀 亀塚古墳と牢屋跡 三の丸内にある三条塚古墳