足利政氏館

[所在地] 埼玉県久喜市本町
[築城年] 1518年
[築城者] 足利政氏
[遺 構] 曲輪、土塁、空堀
[別 称] なし
[形 状] 平城

足利成氏は関東管領と対立をしたために、古河公方を称して伊豆の堀越公方、山内・扇谷上杉氏との勢力争いが続く享徳の乱が始まります。乱の終息後、古河公方2代目の足利政氏はこの地に館を構えました。しかし、子の高基との抗争に敗れ政氏は出家、1516年ごろ甘棠院に移り隠棲したといわれます。
当時は堀で囲まれた本郭と二郭からなり、その間には横矢掛の堀があったようです。現在館跡は永安山甘棠院の広い境内となっており、足利政氏の墓があります。また、中門から本堂を囲むように空掘(当時は水堀か)が、境内の北側には土塁も確認できます。


永安山・甘棠院の中雀門
(門が開いていなかったので、政氏の墓を見学できませんでした)

中雀門に刻まれた足利氏の家紋

足利政氏館跡及び墓 説明板

空堀跡

空堀跡

永安山・甘棠院の総門

北側の堀跡

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