彦根城
[所在地] 滋賀県彦根市金亀町
[築城年] 1603年
[築城者] 井伊直継
[遺 構] 天守、天秤櫓、太鼓門、西の丸三重櫓、二の丸佐和口多聞櫓、馬屋曲輪など
[別 称] 金亀城
[形 状] 平山城
1600年の関ヶ原の戦い後、徳川四天王の井伊直政が18万石で入封し、佐和山城を廃し新城を計画します。直政死後、彦根山に築城が決定、徳川家康は12大名に手伝普請を命じ、築城が開始されます。近江国内の佐和山、大津、長浜、安土城などの旧材をリサイクルされています。1615年、直継の弟・直孝が城主となり、以後井伊氏が代々彦根藩を世襲します。井伊氏はさらなる加増を受けて徳川譜代大名最高の35万石となり、幕府の要職も努めます。
城は標高136mの山頂に本丸を配し、北西に西の丸と観音台、南東に太鼓丸と鐘の丸が並びます。現存天守は三重三階の多彩な破風を使用した装飾に富んだ外観であり、国宝に指定されています。その他本丸最後の関門となる太鼓門、太鼓丸入口の天秤櫓、西の丸の三重櫓、二の丸搦手口の佐和口多聞櫓、馬屋、旧西郷家長屋門など貴重な建築遺構が多数現存しています。その他、石垣と土塁で構成された内堀、中堀も良好に残っており、丸一日かけて探索しても見学しきれないくらいです。
南東側から見た天守
南東側から見た天守
南側から見た天守
北西側から見た天守
装飾に富む天守の破風
天守内部
天守最上階の廻縁
佐和口門多聞櫓
佐和口門多聞櫓
佐和口門多聞櫓
佐和口門多聞櫓
佐和口門多聞櫓の矩折
馬屋
馬屋内部
表門跡
表御殿(復元)
鉢巻石垣と腰巻石垣
大手門跡
大手門枡形虎口跡
登(のぼり)石垣
天秤櫓と堀切
天秤櫓
天秤櫓
天秤櫓
天秤櫓
天秤櫓内部
本丸南側の石垣
太鼓門
西の丸三重櫓と脇多聞
西の丸三重櫓内部
西の丸と観音台間の堀切
西の丸三重櫓から琵琶湖を遠望
天守東側の石垣
井戸曲輪跡
黒門跡
楽々園檜御殿(旧藩主の下屋敷)
玄宮園と天守
玄宮園
玄宮園鳳翔台
玄宮園鳳翔台
京橋口の雁木
京橋口の枡形虎口
京橋口跡
若き井伊直弼が過ごした埋木舎(うもれぎのや)
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